短編6

□第十八
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私には名前はありません。
いいえ、正確には私には名前があります。私のモデルとなった人間の名前、それが私の名前なのです。
しかし、この名前が私の本当の名前なのかというと、私は疑問を抱きます。確かに私は私のモデルとなった人間の姿、形、性格、思考をコピーして作られた、モデルあっての私という存在です。
でも、私はこの名前はあまり好きではありません。別にモデルになった人間の名前が時代錯誤だったり、似合わなかったり、ドキュンネームだからというわけではなく、ただ少しだけ高望みをしてみたいと我侭をと思ってしまったのです。
私のモデルとなった人間の名前ではなく、私自身の私だけの名前が欲しいなと。

まぁ、こんなこと考える自体可笑しいんですけどね。
だって私は月の裏の聖杯戦争を効率に運営をマスター達をサポートするために存在するNPC、Non Player Characterなんですから。



『お探しの書物がありましたらお尋ねください。図書委員として、お探しします。』


これが、私の聖杯戦争時の台詞。戦いが進み参加者が減っていく中で、日々が進むように私の台詞も少し変化するのだけれど、まぁこれがテンプレなのです。そして図書委員という役割のなかで、マスターが求める書物を検索することが私の仕事です。
相手側にサーヴァントの真名を知るためにも情報収集のお手伝いは重要な役割のため、最終決戦まで私は消えずにいることが出来る。一応、生徒会のNPC、保健室の間桐さん、言峰さん、藤村さんと同列とはいかなくてもソレより少し下くらいの上位NPC。

と、以上が私の表の聖杯戦争での設定となります。
けれど、今私がいるのは表の聖杯戦争ではなく裏の聖杯戦争。表の聖杯戦争中、BBによって突如連れてこられた旧校舎。この、本来あるべき聖杯戦争の姿として正常に機能・運営していない中で、私がわざわざ表での役割に徹する義務はなく、それは他のNPCも同じなようで各々皆自分の好きなように行動し始めました。
さて、私はというと私は図書委員という設定である以上、図書委員は図書委員らしく図書室に居座り読書をすることにしました。
表の聖杯戦争のような戦いが起こるわけではない以上、相手の真名を調べる必要もないわけで、必然的に図書室の利用者は表の世界と比べるとかなり減りました。
図書室を利用する人といえば、暇つぶしに本を読みに来る人、料理の本を借りに来る甲斐甲斐しい人、漫画はないのかと聞いてくる藤村先生とNPC、あとジナコさんのお使いできたカルナさん。いや、漫画本はありませんから・・・・表の世界では週間雑誌くらいならあったんですけどね。と、まぁこのくらいなもので、でも1人だけ。それら以外の理由で図書室を利用する人が1人。
旧校舎に招かれたマスターの1人で、つい数日前に目を覚ましたばかりの見た目人畜無害なBBお気に入りの人。
旧校舎にいれば戦わなくてすむ、消えなくてすむ、死ななくてすむというのにその人は表の聖杯戦争へと帰ろうと、そのために図書室をよく利用しているのです。
その人の行動にNPC内ではこっそりと大まかに3つの派閥にわけられました。この安全な世界に残ったままでいれば言うという反対派、あの人達表の聖杯戦争に戻ろうと活動している生徒会を応援している賛成派、特にどちらの立場というでもなく傍観的な中立派。


「あの、本を探してるんだけど」

「はい、どのような本でしょうか?」

「****についての本なんだけど、あるかな?」

「****関連の書物でしたら、該当するものはこの図書室内に10件ほどあります。更に絞り込みますか?」

「えっと、****に関して一番詳しく書いてある本はどれかな?」

「でしたら1件該当するものがあります。ご案内いたします。」


私はどれの派閥に属するかというと、あえていうなら中立派でしょうか。
反対することもなく、かといって賛成するわけでもなく。ただ、NPCとして出来る範囲で頼まれれば、それに応える。まぁ、これはNPCとして当然の行為なわけなのですけれど。そして、今のこれも私の本来の役割として当然なことのわけで。


「ありがとう」

「いえ、こちらこそいつも図書室をご利用いただきありがとうございます。今後も図書室内でのお探し物は、図書委員にお任せください。」


今のは、私のNPCとして決められた台詞の1つ。けれど、この台詞をこの裏の旧校舎でも言う必要なんてないわけなのですが、これは一種の職業病というものなのでしょうか。それともここが表の世界でなくても、所詮は私はNPCということなのでしょうか。


「・・・・あの、貴方の名前は?」

「?」

「いや、図書室でよくお世話になってるし。多分表の世界でも。だから、ちゃんと名前知っておきたいと思って。」

「・・・・私はNPCです、名前に意味などありませんが?」

「NPCだからそういうの関係ないよ。普段お世話になってる友人の名前くらい知っておかないと」


驚きました。他のNPCから、この人は変わった人だということは聞いて知ってはいましたけど、私のようなただのNPCに名前を尋ねて、しかも友人だなんて・・・・。
けれど、私はこの人の頼みに答えることはできない。私に名前はないのですから。しかし、NPCとしてはモデルとしての名前をこの人に答えなくてはいけない義務があるわけなのですが・・・・。
いえ、正確に言うなこれは“お願い”であって“命令”ではないのですから、私は無理に名を教えなくてもいいのですが。

そんなことを考えていたら、気付くと私はこの人に自分のモデルとなった人間の名前を告げていました。


「―――さんか、いい名前だね」

「―――――っ!!!」


何ででしょうか何故でしょうか。この人に名前を呼ばれた途端、何故だか急にあるはずもない心臓が痛くなってきたのです。体が熱くなってきたのです。感情が昂ぶってきてしまったのです。
私はNPCなのに、人間ではないのに、まるで人間のように名前を呼ばれて嬉しいと感じてしまったのです。


「あの・・・・・」

「ん?」

「もう一度、名前を呼んで頂けませんか・・・・岸波さん」


首を傾げるも、笑顔を浮かべて私の名前を呼んでくれる。
それが嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。私のモデルとなった人間の名前に執着も何もなかったはずなのに、違う名前が欲しいと思っていたはずなのに、どうしてこの人に名前を呼ばれるとこんなに嬉しくなってしまうのか。

あぁ、きっと私もBBのようにバグが起こってしまったのかもしれません。



 ・・・< 私の名前を呼んで下さい >・・・



少しだけ、あの人に名前を呼んでもらえる、頭を撫でてもらえる間桐さんが羨ましいと考えてしまいます。




 後書き
恋するAI(無自覚)
執筆時期 H25,10/07
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