短編5

□悪いのはどっち?
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「私はね、本当は君たちが思ってるよりもずっと醜くてずるくて愚かでどうしようもないほどに汚い人間なんだよ。」


幻滅したかい?彼女からの問いに答えるものはおらず、彼らは皆口をぽかんと半開きにして彼女の変容に目を疑っていた。


「驚いているね。でもこれ本当の私なんだ、君たちが今まで見てた私は単なる幻像。」


彼女のためにと宛がわれた淡い桃色の綺麗な着物はビリビリに破れボロボロに汚れ、ところどころが赤く染まり、キッチリしまっていた胸元は大胆に開き、隠れていた素足は惜しげもなく外界へと姿を現す。
綺麗に結われていた髪は無造作に結ばれ、彼女の美しさが際立つようにしていた化粧は全て拭いとられている。
これは私達が知っている“彼女”なのかと誰もが声にならない声を零し絶句していた。


「今まで私たちのことを騙していたのか!?」


一番先に我に返ったのは彼らの中でも一際美しい容姿をした緑の服を纏った男。
男の荒げた声にやっと我に返るほかの者達。緑の者達も、青の物達も、紫の者達も皆彼女を睨む。つい先ほどまで、彼女が仮面を脱ぎ捨てるまで彼女の事を「天女さま」と慕っていた彼らが殺気を混めた瞳で女を睨む。
けれど、その瞳に彼女は脅える事はない。逆に彼女は呆れたように溜め息を吐く。


「騙してた?何を言っているのかな、君達は。私は君達を騙したつもりなんて毛頭ないよ。私はただ、君達が私に対して期待するキャラクターを演じていただけ。
よく笑う、さりげない可愛い仕草、甘ったるい声色、かすかに香る甘い香り、色は桃色が好き、虫は苦手、血が苦手、走るときは小走り、食事は通常よりも小食、家事などしたことはない、力が弱い、弱くて守ってあげたくなるような天女というキャラクターをね。」


『天女さまはきっと綺麗にいつも笑っているのだろう』『天女さまの声はきっと誰もが聞きほれるほどの甘い声なのだろう』『天女さまには桃色がよく似合う、天女さまもきっとこの色が好きなのだろう』『天女さまは虫が苦手だって』『天女さまは穢れを知らない血は天女さまには毒だ』『天女さまはか弱いから力仕事など出来ないだろう』『天女さま綺麗な手をしている家事などしたことがないんだ』

『天女様はか弱い存在だから我々が守ってやらねば』

それは彼らが彼女に求めていたもの、彼女に言っていた言葉。
まさか、覚えがないとは言わないよね?煽るように女が言うと彼らは皆口を紡ぐ。彼らのその表情、その仕草、隠れ見える感情に女は返事はそれで充分だと小さく笑う。


「私は君たちの願いを、理想を、叶えてやっただけだよ。」

「・・・・何が目的でそんなことを」

「目的?そんなものないよ。私はね、諦めただけだよ。君たちとちゃんと関わりあうという事を。」


私の名前覚えている?彼らの中の青の服を纏った中の1人が彼女の名前をゆっくりと自信なさげに口にする。


「そう、それが私の名前。私は始めて君たちにあったときに自己紹介したからね。そして君たちもちゃんと私の名前を覚えていた。
でもさ、君たちは一度として私を名前で呼ぶ事はなかったね。一言目には天女さま、二言目にも天女さま。天女さま、天女sまって。君たちはね、私を見てたんじゃなくて天女を見てたんだよ。だから、私は私個人として君たちと真正面から向き合うのを諦めた。そして、君達が望む天女像を演じた。ただ、それだけのことなんだよ。」


私が君達を騙したというのなら、それは君達が私に望んだ事。君達が招いた結果。

これでも君達は私が君達を騙していたと裏切ったと言い切るのかい?彼らは答えない。否、答えられない。それは戸惑っていたからなのか、驚愕していたからなのか、言い返せなかったからなのか。
彼らに女は嘲笑う。


「でも、もうこんな茶番劇は飽きてしまったからこれでこの馬鹿馬鹿しい天女サマごっこはお仕舞いだ。本来いるはずのない異端者<イレギュラー>は幕から降りると・・・・いや、この場合は天に還ると言ったほうが正しいのかな?」


徐々に透けていく彼女の姿。
彼らは顔を上げ驚きの表情をするが、すぐにそれは元の口を閉ざし、拳を握り、唇を噛み、下を向く姿に戻る。
女は彼らの感情、思考、困惑。絶望が手に取るようにわかると半分以上透けている手のひらで口元を隠し口端をあげる。


「じゃぁさようなら。最低で最悪な君達との日々はそれはそれは楽しくはなかったよ。」


言い切るよりも早く、彼女の姿は完全に消え彼女の残像は風が一気にどこかへと飛ばしていってしまった。
残された彼らはただ呆然とそこに立ち尽くすことしか出来なかった。






 後書き
こんな天女さまどうでしょうか?
執筆時期 H24,02/05

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