短編5

□ずるい人
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彼女は“この世界”が好きだと言った。
彼女は“この世界”が永遠に続くことを願った。

それでも永遠なんてありえないことを知っていて、何事にも必ず終わりは訪れる。それをわかっていても、わかっているからこそ彼女は言った。


「どうかこのままで。」


あぁ、終わりが来る。



 ・・・< ずるい人 >・・・



カツン、カツン――――。

少女は階段を一段、一段ゆっくりと上っていく。俯いて足元を見ながら、踏みしめて、地面を蹴り上げて、階段を上り終え見えた扉の姿に少女は唇を小さく噛み、ドアノブを掴むと勢いよく扉を開ける。
勢いよく風が吹き彼女の髪をさらおうとする、そんな風に逆らいながら一歩踏み出してゆっくりと顔をあげた少女は今にも泣きそうで笑って怒っているような・・・いくつもの感情を混ぜた表情を浮かべながら、屋上の端に佇み愛用の赤い槍を肩にかけながら空に浮かぶ階段を見上げる青年を見つめた。
少女は一歩一歩と男に近づいていき、あと数センチというところでピタッと足を止める。


「なんだ、きちまったのか」


男は背後にいる少女に振り向かないまま、そう言った。少女はこちらを振り向こうともしない彼に、眉を八の字にして小さく苦笑を浮かべる。


「悪ぃな」

「・・・なんで謝るのよ」

「嫌だったんだろ、続けたかったんだろ、お前は。」

「・・・・その理由を知ってるくせに、ずるい人。」


男と背中合わせになるように少女は膝を抱えて腰を下ろす。そして、お互い何も言わないまま。
静寂の中何処からか聞こえるのは、獣のもののような唸り声、破壊音、戦闘音。揺れ動く大気。奔る光。あぁ、もうすぐこの世界は終わるのだろう。少女は俯いて小さく唇を噛む。


「黙って行って悪かった」


沈黙を破ったのは男のほうだった。少女は小さく肩を揺らし掴んでいた服を強く握り締める。


「・・・・しょうがないよ。あの時どうしてとかいう気持ちよりも『あぁやっぱり』って悔しいけど何処か納得しちゃった。」


だって、彼にとって彼女は特別な人だから。きっと、私がどんなに頑張ったって手に入れることが出来ない位置に彼女はいて。どんなに彼との思い出をつくったところで、彼は彼女との始まりと終わりとそれまでの過程を忘れることはないのだろう。
だから、しょうがないけど受け入れるしかなかった。けれど、


「でも、それなら、そうなったなら私も連れていって欲しかったよ・・・・」


気付いたときには遅かった。あったはずの印は跡形もなく消滅し、プツンと切れたリンク。ただただ溢れる涙を止めることは出来ず。あの涙は怒りと悲しさと悔しさと、喪失感と絶望感。
すぐに何故か理解した。彼は彼女のもとに行ったのだと。けじめをつけに言ったのだと。そして、私は彼に置いて行かれたのだと。
わかってる。彼が私に黙って行った理由も、私を連れていかなかった理由も。私のことを思ってくれたからこそだというのはわかってる。けれど、なら、私を想ってくれるなら連れていってほしかった。


「ずるいよね。私とって貴方が、ランサーがどれだけ大切か知ってるくせにさ。」


男からの、ランサーからの言葉は返ってこない。
ここで泣き出せばいいのかもしれない、あの時の感情を涙と共にぶつければ楽なのかもしれない。一瞬脳裏に浮かんだそれに少女を静かに首を横に振る。
だってそんなかっこ悪いこと、それこそ彼女に負けることになるじゃないか。
だから、少女は何もしない。何も吐き出さない。けれど、その代わり引き締まった逞しい大きな背中に顔をすり寄せ、手を当てながら、小さく名残惜しく愛おしくただ一言ランサーに届くように呟いた。


「本当にずるい人。」




 後書き
アトゴウラ関連でならいっぱいかけそうな気がする。
執筆時期 H24,09/10

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