短編5

□報われないとわかっていても
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所詮、私と彼とでは身分に大きな違いがあったし、きっと彼は私のことなんか気にもしない、知りもしない。だって大勢のメイドの1人に気をかける必要なんてないじゃない?ありえないじゃない。
そもそも、彼には婚約者が、愛する人がいるのだ。最初から惨めになるほどわかってしまう、報われない想い。
だから私は彼を見つめているだけで充分だった、業務連絡とはいえ声を掛けられるだけで嬉しかった、それだけで幸せだった。

彼の名は、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
私は彼の婚約者であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリの召使いである。



 ・・・< 報われないとわかっていても >・・・



いつから?どうして?なんて、それらしい理由がきっかけがあったわけではない。ただ、声をかけてもらえた、僅かながらに笑顔を向けて貰えた。我ながら単純であるがただそれだけ。
それだけのことで、それだけのことの積み重ねで気付いたら私は彼のことを好きになってしまった。
けれども、それが恋だと自覚しても私が何か行動を起こすということはなかった。だって、考えればすぐわかることだ、片や魔導の名門の嫡男で当主、片やしがない下働きのメイド。それに何より彼にはソラウ様がいた。
ソラウ様は政略結婚ということもあって、彼のことを愛してるようには見えなかったけれど。彼はソラウ様のことを愛していた。今でこそ彼になんの感情ももたないソラウ様もきっと彼を好きになり、愛するようになるのだと思った。
だから、せめてそれまでは。彼らが本当に両方を愛し愛するようになったなら、私はこの想いを胸の内へと二度と外に出ることはないように奥へと仕舞い、満面の笑みで「おめでとうございます」と祝福しようと思っていた。

けれど、いつか、いつかと思っていたソラウ様の心が彼へと向けられることはなく、彼が召喚したサーヴァントへと向けられるようになった。
彼の手前、婚約者という立場上ソラウさまはそれを表に出さないようにしているようだったが、誰が見てもすぐにわかった。これまで自分の意思たるものを持たなかったソラウ様が恋慕という感情を知った瞬間、彼女の目の色は変わった、あれは恋する女性の目だ。
ソラウ様が笑顔を彼に向けることはなく、ソラウさまが愛向けるのは彼ではなく、“ランサー”と呼ばれるサーヴァント。
あぁなんてことでしょう。とっくのとうに諦めていたのに、とっくのとうに諦めがついていたのに。今なら、傷心の彼に優しい言葉をかければ私のものになるのではないかと考えている私の心の醜さに吐き気がする。
身分を考えなさい私、メイドごときが略奪愛なんてことを考えるなんておこがましい。


コンコンッ


「入りたまえ」

「失礼いたします。ケイネス様、アフタヌーンティーが入りました。」

「そこに置いておきたまえ。」

「承知いたしました。」


いくつもの書類をデスクに広げ、睨みつけているケイネス様の横に紅茶と何種類ものケーキやスコーンを載せたケーキスタンドを置く。
ケイネス様との距離は1メートルもない。たったこれだけのことで心が躍る私、あふれ出しそうになる感情を抑えるのにはもう慣れた。


「では、失礼いたしました」

「あぁ、ご苦労。」


そう、これだけ。これだけでいいんだ。
もしも彼の気持ちが少しでもこちらに向いてくれたのなら、なんて。考えるのも馬鹿馬鹿しい。
私の想いは届かぬまま、今がチャンスだと聞こえる悪魔の囁きもありえないと一蹴すれば消え去ってしまう、想いを告げる勇気もないし、弱みに付け入るほどの度胸もない。
私はきっとずっとこのまま、けれどそれでいい、それでいい。だって、報われないのなんて最初っからわかっていたことだもの。
けれどどうか、この想いを抱くことだけはお許しください。

深々と頭を下げて、ゆっくりと扉を閉めた。




 後書き
夢主はランサーのことは知りません、けれどソラウの様子や時折独り言のように呟く言葉に察していきます。
夢主がランサーにあったのなら、きっとソラウ同様チャームによって恋に落ちるのでしょう。だって彼女は魔術という存在はしっていてもただの一般人で召使いなのですから。
執筆時期 H24,10/07

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