他校リョ小説
□間近で見れる貴方の笑顔
1ページ/1ページ
「…おいしい」
そういって彼はニコっと笑った。
***
事の始まりは越前君からのメール。
『おいしい紅茶が飲みたい』
一番紅茶に詳しかったのが僕じゃなくても彼はそう言っていただろうけど。
でもそれは僕にしか出来ない事。
越前君と会える機会が出来て嬉しかった。
「ただ入れれば良いってもんじゃないんスね」
「んふっ、もちろんです。お湯の温度、時間…全て決まっていますから」
「ふ〜ん…」
越前くんは美味しそうに僕の入れた紅茶を飲む。
そんな彼は終始穏やかな笑顔を浮かべていた。
試合の時や練習の時には見せない笑顔。
(他人の笑顔を見てこんなに幸せになるなんて…)
他人になんて興味が無かったはずなのに。
いつの間にか彼に惹かれていた。好きになっていた。
学校も違うし、会える時間は限定されてしまうけど…
たまに会って、笑顔を見て、胸が一杯になる。
それは初めて味わう心地良さだった。
紅茶を飲み終えて、越前君はふぅ…とため息をついた。
「…?どうしました?」
「あ、いや、なんでもないっス。…ごちそぉさま、観月サン」
それから少し他愛も無い会話をして。
じゃあそろそろ…と越前くんが席を立つ。
寮の入り口までの短い距離を歩く最中に、何度引き止めたい、抱きしめたいと思っただろう。
一歩踏み出せない自分が・・・憎い。
「…じゃあ、また」
お別れくらい笑顔でしたかったけど、楽しい時間の終わり。
少し困った笑顔になってしまった。
越前くんは「また」と言って、歩き始める。
…また…か。
不確かな「また」を待つのは辛い。
誘えば良いって、そんな簡単なものじゃない。
そんな事を考えていると、少し離れた所で越前君が振り向く。
「…来週、また飲みに来ても良いですかっ…観月サンが入れた紅茶」
…越前くんの顔は赤い。
「…もちろん!」
僕の顔もつられて赤くなる。
僕の返事を聞いた越前くんは嬉しそうに頷いて、駆け足で去っていった。
来週、特別美味しい紅茶を入れて彼をもてなそう。
来週、彼を抱きしめて想いを伝えよう。
彼の笑顔を僕が守るために。
end.